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新横浜ラーメン博物館に荻窪中華そば「春木屋」郡山分店“三羽ガラス”集結!あの銘店をもう一度

新横浜ラーメン博物館に「春木屋」の弟子“三羽ガラス”集結!あの銘店をもう一度

新横浜ラーメン博物館は、30周年を迎える2024年へ向けた取り組みとして、過去に出店した約40店舗の銘店が2年間かけ、3週間のリレー形式で出店するプロジェクト「あの銘店をもう一度」を2022年にスタートしました。

今回はそのプロジェクトの第27弾として「春木屋」の郡山分店が2024年1月11日(木)から同31日(水)まで出店。

同ブランドは東京荻窪中華そば「春木屋」として2004年1月から2011年3月まで新横浜ラーメン博物館に出店し、今回の出店では春木屋の1番弟子・2番弟子・3番弟子が集結し、先代から伝承された一杯を届けます。

春木屋について

創業は昭和24年。

春木屋
店舗を構えた当時の外観

東京・荻窪の地で確固たる地位を築き上げ今なお影響を与え続ける東京荻窪中華そば「春木屋 荻窪本店」。

創業者の今村五男氏は昭和63年に現役を引退するまでの間、一切過食や夜更かしをせず口を清め、毎日欠かさず朝食の前に一杯のラーメンを食べて味の変化を見極めていました。

創業者の今村五男氏
創業者の今村五男氏

真面目で職人気質な五男氏は「自分が毎日食べて飽きるものを、お客さんに出せるわけない」と考え、また「食糧事情が良くなるにつれ、お客さんの舌もおのずと肥えていくもの」と語ります。

同じ味を出し続けていれば“味が落ちた”といわれるのは当然と話し、だからこそ常日頃から味の研究を重ね、時代の変化とともにベースとなる味は変えずに、お客さんに分からないように少しずつ味を変えてきたと五男氏。

これこそが春木屋が現在に至っても行列を作っている揺るがない理由であり、またこうした五男氏の姿勢は後に“春木屋理論”として二代目、そして弟子たちへも継承されています。

左から初代、二代目、二代目婦人、三羽ガラス(2003年撮影)
左から初代、二代目、二代目婦人、三羽ガラス(2003年撮影)

五男氏引退の年、父親とともにお店を訪れた高校生・手塚英幸氏が腕一本で家族を不自由させない職人の姿に感銘を受けたことを機に春木屋に新たな時代が訪れます。

当時の春木屋は弟子を取る制度はありませんでしたが、職人の世界に入ることを決意した手塚氏の情熱に押され、初めて外部からの人間が入ることとなりました。

左から手塚雅典氏、手塚英幸氏、高橋充氏
左から手塚雅典氏、手塚英幸氏、高橋充氏

その後、2番弟子として高橋充氏、3番弟子として兄の影響を受けた手塚雅典氏が入り、同じ志を持つ若き3人が、“三羽ガラス”と呼ばれる春木屋の新たな時代を築き上げています。

今回のプロジェクトではその“三羽ガラス”が今も働く「春木屋 郡山分店」として出店。

中華そば

スープは煮干の風味に力強さがありつつも飲んでみるとそれほど前面に出ておらず、さまざまな種類の旨みが口の中に広がります。タレは蕎麦屋の影響か“かえし”と呼び、うなぎのタレ同様に創業以来継ぎ足したタレは時代とともに深みを増しています。

麺は創業以来自家製麺。

手もみの自家製麺

その時々によって一番美味しいと思われる太さとコシに調整し、季節やその日の湿度によって水分の量も変化させて製麺。先代から伝承された熟練の技で手もみ作業を行い、プリプリとした食感を煮干の香りが漂うスープとともに届けます。

あの銘店をもう一度 概要

■ 期間
2022年7月1日(金)~約2年間(各店舗約3週間)

■ 店舗数
約40店舗(現店舗を除く)
※出店期間内、1階ギャラリーにて出店店舗の特設展示

■ 所在地
横浜市港北区新横浜2丁目14−21(施設概要

1月9日(火)から2月5日(月)までは「あの銘店をもう一度“94年組”」プロジェクトにて、当時の噌味ラーメンを再現する札幌「すみれ1994」が出店中です。

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※価格やメニューなど掲載情報はいずれも記事公開時のものです。記事内容は今後予告なく変更となる可能性もあるため、当時のものとして参考にしていただき、店舗・施設等にて必ず最新情報をご確認ください。

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